不思議な眼鏡くん
「セックス」
響が言った。

「は?」
咲は耳を疑った。

また空耳?

「だから、趣味。セックスするのが、俺の趣味だって、答えてる」
響がメガネを取り、カウンターに置く。

店内の騒がしさの中で、なぜかメガネを置く小さな音がはっきりと聞こえた。

響は長いウェーブした前髪を右手でかきあげた。
いつもは隠れている瞳が見える。二重で、切れ長。まつげがびっくりするほど長い。視線をたどると、カウンターに置かれた咲の指先だった。

慌てて、手を膝に引っ込める。

あれ?
これ、誰?!

響の口元が笑う。

田中くんが笑うの、初めて見た……。

「鈴木さんは、未経験」
「……えっと……」

咲は完全にパニックになっていた。

どういうこと、これ。
なんで田中くんが知ってるの?

響はカウンターに頬杖をつき、慌てる咲を見つめる。一度捕らえられてしまったら、その瞳の力に抵抗できない。

咲は、前髪の向こうに見える艶のある黒い瞳から、目が離せなくなっていた。

「あ、田中くん、酔ってるんでしょう」
咲の声が裏返った。

「酔ってるのは、そっち」

図星をつかれて、何も言えない。こんな時、世の女性たちはどうやって、場を切り抜けてるんだろう。男性経験のない咲には、まったくわからない。

どうする?
どうしたらいいの!?

響がクスッと笑う。

「免疫ないから、慌てちゃってる? 無理にこっちに踏み込もうとするからだよ。そこんとこ、鈴木さん経験ないから、わかんないんだよね」

「ひど……」

わたしだって、好きでこの年まで経験がないわけじゃないのに。
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