不思議な眼鏡くん
「明日、早いなあ」
咲は目を閉じて言った。「千葉の店舗に朝一だから」
「ここを何時?」
「六時には出るつもり」
「はやっ」
響が咲のパジャマをたくし上げる。
「じゃあ、寝たほうがいいね」
「うん、寝たほうがいい」
咲はそう言いながらも、響の背中に手を回した。
いつもこんな感じ。
ここからキスが始まって、それから……。
「あ!」
咲はガバッと身を起こした。
びっくりした響が「え、なに?」と目を丸くする。
「会社に忘れてきちゃった。明日の書類一式」
咲はがっくりと肩を落とした。
「……久しぶりにやっちゃった……」
咲のおっちょこちょいは、治ったわけじゃない。ほかごとに気をとられると、すぐにこうだ。今回は予定外の飲みの誘いで、すっかり飛んでしまっていた。
咲はベッドから抜け出そうと、体の向きを変える。
「まさか、今から会社行くの?」
響が驚いて尋ねる。
「うん。朝一で会社に寄るのも大変だし。今からタクシーで……」
「俺が行ってくるよ?」
響が言った。
「いいって。私がミスしたんだもの」
咲が言うと、「俺、バイク持ってるし」と続ける。
「ここから会社まで、バイクならすぐ。俺は明日九時出社なんだし、俺が行くよ。咲さんは寝て」
「でも」
「でもでも、うるさい」
響が笑う。
「ちょっとは甘えて」
響は勢いよくベッドから起き上がると、咲に布団をかけて、額を優しく撫でる。
「いいの?」
ベッドに横になりながら、パーカーを羽織る響を見上げる。
「いいの。書類、どこ?」
「わたしの右の引き出し。ファイルに入ってる」
「了解。じゃあ、おやすみ」
響は咲の額に軽くキスをして、部屋を出ていった。
じきにうとうとしはじめた。
響くんに、お礼しなくちゃ……。
そう思ったが最後、深い眠りについたのだった。