不思議な眼鏡くん

翌日はバタバタで、結局会社に戻れたのは夜の十一時をちょっと過ぎたころだった。

「はぁ、また残業」
響と一緒にいられないのは辛いけど、忙しいのは期待されているから。

「がんばろ」

午後十一時を越えると、正面玄関には鍵がかかる。社員は通用口から、守衛の前で名前を書いてビルに入るのだ。

通用口は狭い。けれど、駐車場の脇にあって、荷物の搬入にも使われていた。

咲はカバンから社員証を取り出し、小窓のついた守衛室に提出した。それから入館リストに会社名と自分の名前を書く。

結構うちの会社の人、残業してるなあ。
でもこのIT企業、すごい人数が出入りしてる。
これに比べたら、アパレルはそうでもないのかも。

そんなことをぼんやりと考えながら、名前を書きおわり、社員証を受け取る。

「おつかれさまです」
守衛に頭を下げて、ふと何かがひっかかった。

もう一度入館リストを見る。

昨日と今日の日付の名前を読み返す。

ない。
響くんの名前が、書いてない。

「どうしました?」
守衛に尋ねられて、咲は慌てて「いえ、大丈夫です」と答えた。

そのままエレベーターに乗り込んだ。


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