不思議な眼鏡くん
エレベーターが勢いよく登っていく。
咲は一人、考えがまとまらない。
書き忘れ?
わたしの見落とし?
でも……。
三十二階でエレベーターが開く。
ざわつく胸のまま、真っ暗な営業部へ。鍵を出して開き、中に入った。
営業二課の上だけ、蛍光灯を点ける。
営業部には咲ひとり。シンと静まり返っている。
咲はなんだか怖くなって、扉の内鍵を閉めた。
自分の席に座って、しばらく考える。
昨日、響くんが部屋を出たのは、十二時を過ぎていた。それは絶対間違いない。だって飲み会が終わったのが十二時を過ぎていたんだもの。このビルは十一時には正面玄関が閉じる。だから必ず通用口から入らなくちゃいけない。それにバイクで行くって言ってた。っていうことは、駐車場に乗り入れたはず。正面玄関よりも通用口が近いんだから、絶対にそっちから入った。
名前を書かないで、通り抜けられるのかしら。
守衛さんが少し目を離したすきに。
それか、こっそりと……できるかも。
咲は少しホッとする。
偶然が重なって、たまたま守衛さんに見つからなかったんだわ。
このビルのセキュリティとしてはどうかと思うけど、でもきっと……。
そこでふと、思い出した。
『失神しちゃった誰かさんを、運んだのは俺ですよ』
あの日は?
ひやっと、背中に何かが走る。
あの日は、わたしをどうやって、会社から連れ出したの?