不思議な眼鏡くん

心臓が、脈打ち始めた。

気づいてはいけないことに、気づこうとしてるんじゃないか。

そんな風に思って、咲は慌てて頭を振った。

待って。あの日は十一時を過ぎてなかったんじゃない?
正面玄関から出入りできる。

咲は必死になって、あの日を思い出そうとした。

わたしを背中に背負って、カバンとコートを二つずつ。あのひょろっとした響くんに、そんなことできるかな? 駅の前にロータリーがあるから、この辺りにタクシーはあまり通らない。でも駅までは早く歩いても十分はかかるんじゃない? しかも坂がある……。

正面玄関が閉まる前に帰ろうと、あの時間帯は会社の人も結構多い。エントランスに誰もいなかったわけがない。

でも、わたしを抱えていた響くんを、誰も見てないよね?

咲は目をぎゅっと押さえた。

考えて。
分かれば、たいしたことじゃないかもしれない。

そうだ、台車。重いものを運ぶ台車にわたしを乗せて、通用口から外に出たのかも。タクシーをあらかじめ呼んでおいて。そうかもしれない。きっとそうだわ。

咲は立ち上がった。

確かめずにはいられない。

咲は廊下に出ようと、ドアの内鍵を開けようとして、手が止まった。

『朝出社したら、内鍵がかかってて入れなかったらしいんですよ』

あの日の翌朝、ちづが言っていた。

内側から鍵?
どうやって?

天井を見上げる。営業二課の部分だけ、取替えたばかりの綺麗な蛍光灯。

『しかも、営業二課の部分の電気が、全部飛んじゃってたって』

あの夜、確かに電気が消えた。まるで破裂するような音がして……消えたんだった。

「やだ……」
思わず声に出た。

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