不思議な眼鏡くん
逃げるように、エレベーターに乗る。
大丈夫。
全部気のせい。
ぜったいに気のせい。
咲は心の中で何度も繰り返した。
階数表示を見上げて、思い出す。
響くんが『エレベーターが止まればいいのに』って言った途端、エレベーターが止まった。あのときは偶然だって思った。不思議だとは思ったけど、ただの偶然だって、思った。
でも、あの人の周りには、偶然が多すぎる。
通用口のある地下階に到着すると、まっすぐ守衛室へ行く。
もう一度入館リストを確認する。
ない。やっぱり名前がない。
追い詰められたような表情の咲を、守衛が訝しげに覗き込んだ。
「どうしました?」
「ちょっと……残業申請をしそこねてしまって」
咲は取り繕うように笑顔を見せる。
「先月にいつ残業したか忘れてしまっているので、もし保存してあるなら入館リストをみせていただけないでしょうか」
「そんなに前のですか?」
守衛が驚いたような声を出した。
「そうなんです。すみません、いいですか?」
咲がそう言うと、「いいですよ、もちろん」と守衛がファイルを取り出してきた。
「先月……ああ、これですね。どうぞ」
咲はファイルを受け取ると、ファッションショーの日までページをめくる。
その日。
リストに並ぶ名前を何度も読み返した。
田中響は、いない。