不思議な眼鏡くん
「……すみません。昨日……」
咲はかすれた声で守衛さんに尋ねた。
「昨晩、一時前ぐらいに、パーカーを着たうちの社員、ここを通りませんでしたか? 二十歳すぎの若い……」
守衛は「は?」と首をかしげる。
「ここに名前書いてないなら、通ってないよ。名前ないの?」
「あ……りません」
「じゃあ、来てないよ」
守衛が笑う。
「でも、万が一ってことが」
「ないね」
守衛が断定する。
「守衛室には必ず誰かいる。そうじゃなきゃ、意味ないだろう?」
咲はごくんとつばを飲み込む。
「そう、ですよね。すみませんでした」
咲は頭を下げ、営業部へと戻った。
今朝起きたら、隣で響くんは寝ていた。ベッドサイドには、会社からとってきてくれた書類一式がちゃんと置いてあった。会社には来てるはず。
じゃあ、どうやって会社に入ったの?
そもそも……。
咲は部屋を出る響の後ろ姿を思い出した。
あの人は、何も持ってなかった。パジャマ代わりのスウェットにパーカーを羽織っただけで。お財布も、カバンも、全部寝室に置きっ放しにしていた。
社員証は? 持って出て行かなかったんじゃない?