不思議な眼鏡くん
響が一歩前に出る。
咲は思わず後退った。
響の口から「はっ」と乾いた笑いが聞こえた。
口元には笑みを浮かべたまま、目を伏せる。
そして言った。
「俺のこと、怖がってる」
空気がまるで重い波のように、咲の周りにじんわりと押し寄せてくる。声の振動はその波にかき混ぜられ、咲の耳の中でこもったように響いた。
咲は肩で呼吸しはじめた。
空気は確かに存在しているのに、呼吸ができない。
何が起きてる?
わからない。
何、これ?
「何かに気づいたんだろう? なんだろう、気をつけてたつもりだったけど」
喉がからむ。
「ど、どうやって会社に入ったの?」
粘度のある空気の中で、叫ぶように尋ねた。
「会社?」
響が考えるように眉を寄せる。それから「ああ」と小さく声を漏らした。
「深夜、守衛室の前を通らずに、会社に入ることなんてできるの?」
咲は、声を振り絞る。
そうしないと、自分の声が聞こえない。
「できるよ」
響が咲に近づいた。
腕を取る。
咲はパニックになって響の顔を見上げた。
「こうやって」
次の瞬間、視界に亀裂が入った。