不思議な眼鏡くん
突然深海に放り込まれたような、強い圧力。
その衝撃に目をぎゅっと閉じた。
けれどすぐに、爆発するような解放感。
おそるおそる目を開けると、そこは営業部のオフィスだった。
「……え?」
咲の腰が抜ける。ずるっと崩れて、床に膝をついた。
すでに人のいない、真っ暗なオフィス。窓の外にはビルの夜景が見える、馴染みの場所。
咲は周りを見回した。汗が流れ落ちる。いつのまにかガタガタと体が震えていた。
「咲さん」
響の声がする方を見上げる。
ほんの二メートルほど前に、響が立っていた。大きな窓を背に、青白い月の光をまとっている。
表情は暗い影に隠れて、あまり見えない。
「多分十代だったんじゃないかな。俺は気づくと一人だった。地方都市の一軒家のリビングで、ソファに座ってたんだ。冬でね、フローリングから冷気が上がってきていて、身体全部が冷えきっていた」
「夕日の入る、見覚えのない部屋。怖いほどの静寂。『誰かいますか?』って、俺は声をかけたけれど、その家には誰もいなかった」
「自分の名前も、年齢もわからない。俺がこの家の住人なのかも、家族と一緒に住んでいたのかも、そして家族はどこへ行ってしまったのかも、わからなかった」
響が少し上を向く。瞳が白く光るのが見えた。
「でも一つだけ知ってることがあった。俺には特別な力があるということ。手や足を使うのと同じくらい当然のことのように、俺はその力が使えた」
「人を思うように操り、自由に場所を移動して、手を使わずして、物を動かすことができた」