不思議な眼鏡くん

メールの友達登録は消えてる。いままでの履歴も全部なくなった。

咲は駅から会社へと走った。息が切れて、酸素不足で倒れそうになったけれど、走った。

響くんは、出社してるよね?
繋がらないのは、携帯を変えたとか、そんな理由なんだよね?

早く顔が確認したかった。安心したかった。

エレベーターから飛び降りて、営業部のオフィスに走り込む。

「おはようございます」
ちづが目をまん丸くして、咲を見た。「どうしたんですか、そんな走って」

「田中くん」
声を上げた。「田中くん、来てる?」

「誰です?」
ちづがきょとんとした顔で言った。

咲はよろめきながら自分の机にカバンを置く。

「田中くんよ。この席の」
咲は隣を指さした。

ちづは眉をひそめた。席を立ち、咲の顔を覗き込む。

「……大丈夫ですか? 鈴木主任」
「大丈夫よ。だから、田中くんは……」

「田中なんて人、いませんよ」
ちづが言った。

心臓が握りつぶされるような、鋭い痛みが走る。

はあはあと肩で息をしながら「……いるよね」と小さく言った。

「他部署ですか?」
「違う、ここに。昨日までここに座って」
咲は必死に説明した。

どうしよう。わからない。何が起きてるの?

「ここはずっと空席ですよ。四月から新人が来るっていう話じゃないですか」
咲の様子がおかしいので、ちづが恐れ始めているのがわかった。

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