不思議な眼鏡くん

「おはよう、どうした?」
芝塚課長が声をかけてきた。

ちづが困ったような顔をみせる。

「芝塚課長、覚えてませんか? ここに田中響っていう新入社員座ってましたよね?」
咲は必死になって叫んだ。

「鈴木?」
芝塚課長が困惑してるのがわかる。

「ショッピングモールで会いましたよね。わたしと田中くんが一緒にいて。それでこのことは秘密にしてほしいってお願いして」

「大丈夫? 今日はもう帰ったほうがいいんじゃないか?」
芝塚課長が咲をなだめるように肩に手を置いた。

「うそ、うそ、うそ」
咲は頭を抱えた。

全部わたしの夢だった? 妄想だったの? それとも本当に響くんが記憶を消した?

出社してきた樹が、咲が取り乱しているのを見て、心底驚いている。

ちづが「主任がちょっと……」と小声で耳打ちするのが見えた。

横山さんは、響くんのことが好きだって、泣いてたよね? 目で追っちゃうって、あんなに泣いてたのに。

忘れたの?
全部、綺麗に、なくなってしまったの?

「とりあえず、鈴木は今日は帰れ。ちょっと混乱してるみたいだから」
芝塚課長が咲を立たせる。

「家で少し休んで、冷静になったら明日の朝、一度電話をくれ」
咲を抱えるように、エレベーターまで連れていく。

「駅まで送るから。そこからタクシーに乗って、家に帰るんだぞ」
芝塚課長の声が優しい。それはいつもと変わらないのに。

彼だけいない。


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