不思議な眼鏡くん

芝塚課長はタクシーに咲を乗せると、角を曲がるまで心配そうに見送ってくれた。

気が狂いそう。

咲はカバンの中から、鍵を取り出した。銀色のイルカのついた、キーホルダー。

「すみません、行き先を六本木へ変更してください」
咲は運転手に声をかけた。

手の中にある鍵だけが、咲の記憶にいる『田中響』という人物の証だった。

自分がおかしくなってしまったんじゃないか。長い夢を見ていたんじゃないか。

でも手元にあるこの鍵がもし使えたら。
扉を開いてそこにあの人がいてくれたら。

六本木のマンションに着くと、咲はタクシーを飛び降り走った。エレベーターに乗る。

わたしはこの場所を知ってる。
夢なんかじゃなく、この場所に来たことがある。

エレベーターの扉が開くと、咲は走り出た。手の中にぎゅっと握りしめている鍵を、響の部屋の鍵穴に差し込む。

かちゃんとと小さな音がして、鍵が開いた。

咲はドアノブを握る。

何度もここに来てる。
あの人はちゃんとここに住んでいる。

咲は扉をそっと開いた。
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