不思議な眼鏡くん
暗闇。
シンと静まり返っている。
最初にこの部屋に来た時と同じ、新築の香りがした。
咲は玄関に足を踏みいいれた。
心臓が脈打ってる。不安でおかしくなりそうだ。
フローリングの廊下を抜けて、リビングへの扉を開いた。
閉まったカーテン。
咲は泣き出した。
空っぽだった。
部屋には何もなかった。
あのラグもソファも、響がそこで暮らしていたという痕跡も。
何もかもなかった。
広いリビングにはただ静寂と埃っぽい空気が詰まっているだけ。
そのなかに咲の嗚咽が響く。
『さよなら』
最後の言葉が聞こえる。
「いやよ」
咲は振り絞るように声を出した。
「いやよ、やだ、絶対にいや」
咲は作り付けの棚をかたっぱしから開きだした。
何か、彼の跡を。
彼がこの世にいたという証明を。
キッチンの戸棚を乱暴に閉めて、ふとカウンターの上に目が止まった。
震える指先を伸ばす。
「うちの鍵」
咲の部屋の鍵が、カウンターに一つ置かれていた。
「うっ……うう……」
鍵を手の中に握りしめて、咲は声に出して泣き出した。