不思議な眼鏡くん

『愛してるよ。だから全部忘れて』

「なんで?!」
咲は叫んだ。

「どうしてわたしの記憶を、消さなかったの? 他の人と同じように、綺麗に消しちゃえばよかったのに!」

咲は床につっぷした。

「忘れられない。忘れられるわけがない」

わたしもあなたを愛してるんだもの。

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あの人は、最初からわたしを思い出にする覚悟をしていた。

わたしだけが映る写真。
わたしだけの記憶。

『あなたの視界に入ってみたい。あなたの記憶に残ってみたい。誰も俺を知らないけれど、あなたには知ってもらいたい』

あの人の望みは、わたしの記憶に残ることだった。
そして、あの人には、わたしと一緒に過ごした記憶が残る。

それはきっと、空っぽのあの人の宝物になるんだ。

なんであの時、言葉が出なかったんだろう。
『行かないで』って、一言。
あの人に伝えられたらよかったのに。

『愛してる』って、
伝えられたらよかったのに。

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