不思議な眼鏡くん

樹が恐る恐るという感じで近づいてきた。咲の横に立つ。

「なあ、予定ないならさ」
「うん?」

話しかけられて、咲は樹の顔を見上げた。

「これから、どっか飲みにいかない?」

そう言ってから、すぐに慌てたような顔をする。

「いや、下心はあるといえばあるけど、ないといえばないし。一回振られてるから、まあその、基本は友達として、さ」

咲は「うーん」と唸った。
「飲みたいとは思うけど、今日は遠慮しとくかな。仕事残ってるし。また誘って」

「そっか」
樹は唇をちょっとひねって、それから髪をかきあげた。

「まだ忘れらんないのか?」
樹が尋ねた。

咲は笑う。
「……まあ、そんなところ」

樹はポケットに手を入れて、心配そうな顔をした。
「そいつがどんなやつかわかんないけどさあ」

咲は笑顔のまま、樹を見上げた。

「突然いなくなったんなら、もう諦めたほうがいいんじゃないか?」

咲は「わかってる」と頷く。
「ちゃんとわかってるから、大丈夫だよ」

「俺、いつでも話聞くから、遠慮なく声かけて」
「ありがとう」

樹は寂しそうな顔をして、「じゃ、おつかれ」と背を向け営業部を後にした。

営業第二課には、もう誰もいない。
ちづは最近彼ができたとかで、定時になると早々に退社していた。芝塚課長は子供が生まれてから、早めに帰宅することが多くなった。世に言うイクメンなんだろう。

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