不思議な眼鏡くん
咲は頬杖をついて、白く光る画面をぼんやりと見つめた。
響という存在がこの世から消えてしまってから一年。
ありとあらゆる人に『響』という存在を尋ねて歩いた。唯一残るショーの写真を持って、舞台監督やモデル、取引先や店舗のスタッフ。それから一緒に訪れた水族館やレストランで働く人にも聞いて回った。
『この人、ご存知ありませんか?』
でも誰も知らなかった。
『田中響』という男性を、誰も見たことがなかったのだ。
咲は、こんなにも完璧に存在を消してしまえることに、背筋が寒くなった。
誰も知らない。
誰も覚えていない。
その孤独を想像して。
さらに一層、冷えた。
彼は、眼鏡と前髪で瞳を隠し、誰とも深く付き合わず、目立たず静かに生きていた。誰かを自分の人生に入れてしまったら、失う時に大きな痛みを伴うと知っていたから。
必ず失う。
それが現実。
「すごく勇気がいったんだろうな」
咲は小さく呟いた。
居酒屋で初めて眼鏡を取った響を思い出す。髪をかきあげ、咲の瞳を見つめた。
鮮明に覚えてる。
その表情ひとつひとつを。髪がふわりと跳ねる感じも、眉が少し寄る感じも。
わたしだけが、はっきりと、彼を覚えている。