不思議な眼鏡くん

世の中はクリスマス。
去年は一人じゃなかった。

咲はカバンのストラップを握りしめて、寒さに身を震わせる。

六本木のイルミネーションが遠くに見えて、咲は思わず脇道にそれた。あの青い光の中を通る勇気はない。

思い出す、たくさんの表情。
あの人の記憶。

裏道を通り、マンションへ向かう。

涙がにじんで、街灯がゆらゆらと揺れて見えた。

もしあの人が「前に進め」と言っているのなら、進まざるを得ない。
どんなに追いかけても、二度と出会うことはないのだから。

マンションのエントランスに入り、エレベーターのボタンを押す。

しばらく待っていると
「ああ、ちょっと」
管理人室の窓から、声をかけられた。

「はい?」
咲は後ろを振り返った。

「503号室へ行くんですよね」
小柄な管理人は、管理人室の扉からエントランスへ出てきた。

「はい」
咲は頷く。

「鍵をね、返してもらいたいんですよ」
管理人が言った。

咲は驚いて「なんで?」と大きな声を上げた。

管理人が申し訳なさそうな顔をする。

「いやね、あそこの部屋、他の人の手に渡っちゃうんだよ」
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