不思議な眼鏡くん
たくさんの人々がゆっくりと動く中に、長身の男性が立っているのが見えた。
ステンカラーのコート。黒髪は緩く波打って、青白い光の中でまるで漂っているよう。彼は、たくさんの光を纏う木々の間から空を撮るように、ゆっくりとカメラを構える。
カメラには、銀色のイルカ。
口元が静かに微笑んで。
どくんと、咲の心臓が動く。
『クリスマスのイルミネーションのところでも、写真を撮ればよかったな』
あの人が言った。
「響くんっ」
咲は声の限り叫んだ。
周りが一斉にこちらを向く。
カメラを構えた男性が、ゆっくりと振り向いた。
目があった。
田中響。
わたしの隣に居た人。
響の頬に驚きが浮かぶが、すぐに顔を背ける。それから早足でその場を立ち去ろうとした。
あ、行っちゃう。
咲は坂を走り出した。
「行かないで!」
必死に叫ぶ。
「行かないで! 止まって!」
響の足が早まる。細い背中がどんどん小さくなっていった。
何事かと人々が咲を振り返る。
恥ずかしがっている余裕はなかった。これを逃したら、もうきっと二度と会えない。