不思議な眼鏡くん

「待って!」

そう声を上げた瞬間、蹴躓いた。コンクリートに激しく手をつく。

顔を上げると、もう人混みの中に響の姿は見つからなかった。

涙が急激にこみ上げる。

「すぐに諦めないで!」
怒鳴った。

道に膝と手をついて、がむしゃらに怒鳴った。

「確かにあなたはなんでもできるけど、すぐに諦める!」

涙がパタパタとコンクリートにシミをつけた。

「わたしは、絶対に諦めない! あなたがどんなに『忘れろ』って言っても」

声の限り叫ぶ。

「わたしは絶対に、あなたを忘れたりしないんだからっ」


どうしてわたしの記憶を消さなかったの?
それは覚えててほしいって、そういうことなんでしょう?

『忘れないでほしい』
『俺を思い出すときは、笑顔でいて』

人の波が途切れるその合間、遠くに響の姿が見えた。

こちらを見ている。

響の瞳から、頬に一筋の涙がこぼれ落ちる。

咲はよろめきながら立ち上がった。

響が歩き出す。何かに押されるように、ゆっくりと歩き出して、そして走り出した。

咲も駆け出す。

あなたとの時間を思い出すと、とても幸せな気持ちになるの。
生まれて初めて、人を心から愛する、その喜びを知った。

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