不思議な眼鏡くん
一日、必死だった。

響が外回りに行くとほっとして、帰ってくると無駄に緊張する。気を抜くとミスをしそうで、今日の咲はいつもよりもずっと険しい顔をしていたと思う。

「明日から展示会の準備ですね」
ちづがワクワクするといった様子で言った。

「今回は初めての会社も多いし、気を引き締めて頑張りましょう」
咲は一日をやっと終えたという安堵から、ほっとした声を出した。

ちらっと響を見る。
いつも通り。地味で無愛想だ。何も変わらない。

わたしだけ、今日ビクビクしっぱなしだった。何もなかったみたいな顔をして、なんだか癪にさわる。

そこでふと思い出した。

『セックスが趣味』

そうか。この人にとっては、昨日のことは日常茶飯事。むしろ最後までできなかったんだもの。後悔してるんだろうな。

「なるほど」
思わず声に出す。

「何がですか」
響が咲を振り返る。

「いえ、何も」
自分でも、こんなに冷たい声が出せるんだっていうくらいに、冷えた声。

我ながらなさけない。五歳も年下に当たり散らして。そういう人だってわかって付いていったのは自分で、直前で逃げたのも自分。

だからこれまで、誰とも経験できてないんだわ。
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