不思議な眼鏡くん
「鈴木、残業?」
帰るところの芝塚課長に声をかけられて、咲ははっと我にかえった。

「あ、はい。少しだけ」
「そうか」
芝塚課長は少し考えて、それから今まで響が座っていた席に腰を下ろした。

「根を詰めるなよ」
そう言われた。

「はい」
咲の胸がほわっと暖かくなる。芝塚課長の話し方が好きだ。

「鈴木のチームにはいいメンバーが揃ってる。うまくいくよ」
「はい」

「田中はどうだ?」
突然、尋ねられた。

動揺を隠すように、すぐに「頑張っているみたいです」と返事をする。

芝塚は腕を組んで椅子にもたれた。
「不思議なんだよな、あいつ」

「不思議?」
「そう思わないか?」

芝塚が微笑む。

「配属されてきた日、あれで営業をやっていけるのか、疑問だったよ。営業向きの感じじゃない。あまり喋らないし笑わない。下手したら先方の機嫌を損ねるほどの無愛想だよ」

「そうですね」
咲は頷いた。

「だいたい、人事がどうして営業に田中を配属しようとしたのか、それすらも理解できないくらい。でも営業成績を見ると、今、お前の次にいいんだ」

確かに、響は得意先とうまくやっている。それは驚くほどに、スムーズに。

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