不思議な眼鏡くん

あと少し。

咲は壁の時計を見上げて、首を回した。
午後11時。営業部に人はいない。部屋の半分の電気は消えている。

煩悩はなかなか退散してくれなかった。ふとした瞬間にいろいろ考えてしまう。それでもやっと、仕上げることができそうだ。

「これじゃ、部下に強く言えないな」
咲はため息をついた。

いつもなら、ものの一時間でできてしまう仕事なのに、今日はダメだ。心が乱れて仕方がない。

世の中の女性たちは、恋愛をしながら仕事をしている。どうやってるんだろう。失敗しないで、二つともやれるんだろうか。

「もうちょっとだ、頑張れ、わたし。終わったら帰れるんだから」
自分に気合をいれる。

正直、今日はもう何度も自分に気合を入れ直している。残念なことに、すぐにその気合がどこかへ行ってしまうけれど。

最後、書類をセーブしようとキーボードを触ったとき、突然画面が動かなくなった。

「あれ」

背中に悪寒が走る。

もしかしたら消えちゃった?

マウスも動かない。何度もケーブルを抜き差ししてみたが、うんともすんとも言わない。

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