不思議な眼鏡くん
再び沈黙。
咲のどの言葉にイラっとしたのか、皆目見当がつかない。
「……怒ってる?」
咲は恐る恐る尋ねてみた。
「何にですか? 怒る要素がありませんし」
やっぱり棘がある。咲はため息をついた。
濃いブラウンのスーツに、えんじ色のネクタイ。身長が高く手足が長い。細くてひょろっとしているが、それがむしろ雰囲気があっていいのかもしれない。メガネを取って前髪をあげれば、きっと会社でも目立つだろう。
女の子はこの人をほっておかない。だからセックスが趣味になったのかしら。
胸にもやもやが溜まり始めて、咲は頭を振った。
「あ、そうだ」
咲は話題を変えようと、明るい声で言った。
「田中くんも、きっといろいろ研究してるとは思うんだけど」
咲はバッグの中から、営業手帳を取り出し『プラント』のページを開いた。
「『プラント』の森田副部長は、趣味が釣りなのよね。だから釣りの話題を振ると、とても嬉しそうにされるの。それに最近お孫さんも生まれたらしくて」
手帳の中には、得意先の担当者の名刺、それから特徴、趣味、下手ながらも似顔絵まで描いてある。これは、どうしても名前と顔が一致しない咲が産み出した苦肉の索で、商談後すぐに思い出して、手帳に描く。そうすると不思議と親近感が湧いてきて、次からもっと懐に飛び込めそうな気になるのだ。
「必要ありません」
田中は咲の顔を見ぬまま、きっぱりとそう言った。
「……あ、そう?」
咲の心が折れそうになる。
「俺には努力は必要ないんです」
そう言った。