不思議な眼鏡くん
『プラント』は、渋谷の新しいビジネスビルに入っていた。店舗を確実に増やし続けているので、アパレル業界でも重要な得意先となっている。

高層階の明るい会議室。晴れているので、遠くまでよく見渡せた。

「どうぞよろしくお願いします」
咲が頭をさげると、響も軽く頭を下げる。

およそ得意先に対する態度ではない。咲は慌て始める。

こんなに無礼じゃ、更新の手続きしてもらえない。

「申し訳ありません。田中、ほら」
咲は響に謝らせようとしたが、おどろいたことに知らんぷりだ。

ちょっと太り始めた森田副部長も驚いた様子を見せたが、ここは大人だ。「いいですよ」と、寛大な態度で、咲と響に椅子を勧めた。

ちょっと雰囲気がおかしくなった。咲は久しぶりの冷や汗をかき始める。

今日の契約更新の手続きは、それほど難しいものではないのに。特段にトラブルはなかったし、『SHE’s』ブランドの売り上げもまずまずだったから。

それなのに。

「森田副部長はお変わりないですね。田中に引き継いでから、お会いできなかったので」
「鈴木さんが担当から外れて、寂しかったですよ」

森田副部長は、にこやかにしゃべる。

「お孫さんは、大きくなられたでしょうね」

森田副部長の好きそうな話題を振る。孫の話題は大好きで、写真を見て「かわいいですよ」と言って話を引き出すと、すぐにご機嫌になるからだ。

「ああ、そうだね、もうすぐ一歳で」
森田副部長が話しかけたそのとき、「契約更新の書類いいですか」と、響が突然割って入った。
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