不思議な眼鏡くん
「え?」
あまりのことに、咲は開いた口がふさがらない。

ひどいにもほどがある。

「ちょっと」
咲は慌てて、隣の響を見た。

平然としている。

「契約更新の書類、お願いします」
どこか毅然とした態度で、森田副部長から目を離さない。

「申し訳ありません。こんな無礼を」
咲は立ちあがり、机にぶつかるほど深く頭を下げた。

「契約更新の書類、サインします」
森田副部長が言った。

抑揚のない、まるでロボットが喋ってるかのような、そんな声で。

響はカバンから書類を出すと、森田副部長の前に差し出す。森田副部長は内容を確かめるまでもなく、黙ってそこにサインをして、また響に返した。

「たしかにいただきました」
響はカバンに書類をしまうと、立ち上がった。

「失礼します」
「え、ちょっと」

森田副部長を見向きもしないで、プラントの会議室から出て行く。

「し、失礼します」
咲は廊下をどんどん進んで行く響の後ろ姿を見ながらも、混乱して何度も森田副部長を振り返った。

三度目に振り返ったとき、森田副部長と目があった。

怒っている様子も、戸惑っている様子もない。いつもと変わらない。すべてがうまく行ったときに見せる、機嫌のよい表情だった。

どういうこと?

咲は下りのエレベータの中で、しきりに首をかしげた。
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