不思議な眼鏡くん
「田中くんっ」
さっさとエレベーターを降りて歩いて行ってしまう響の背を追った。整地されて公園のようになったビル前を、まるで逃げるように早足で歩く。
「待ってって」
慌てすぎて、思わず蹴躓く。
「いたっ」
足首をひねって、バランスを崩したが、右腕をぐいっと引っ張られて、倒れこむことは避けられた。
「あ、ありがとう」
響は腕をパッと離した。
「痛めてませんか?」
社交辞令的な声音。
「大丈夫」
咲は態勢を立て直すと、歩みを緩めた響と並んで歩き出した。
「田中くん、事前に森田副部長に何か話してあったの?」
咲は表情の見えない響をチラチラと見上げながら、思い切ってたずねた。
「どうしてですか」
「だって」
咲は黙った。
だって、あんなの、おかしいもの。
「いつも、あんな感じですよ」
ことも無げに、響が言う。「ビジネスライクにしたほうが、双方楽ですし」
「森田副部長から、クレームきてますか?」
響は咲を見下ろした。
「きてない」
「じゃあ、問題ないですね」
響は再び前を見て、秋の乾いた風の中を駅のほうにまっすぐ歩いていく。