不思議な眼鏡くん
坂上営業部長の労いの言葉。乾杯の音頭。
宴会が始まった。

この旅館の料理はいつも美味しい。

「これ、食べたことない。なんだろう」
樹が口をもぐもぐさせながら、言う。

「百合根だよ。知らないの?」
「こんなの、食ったことない」

この旅行では、いつも険悪なムードをまとっている樹が、昔の様子に戻っている。もともと咲は男性と話すのが得意ではないし、樹と喋っていても少し緊張するが、それでも他の社員より居心地がいい。

隣にいても、安心できる。

徐々に宴会も盛り上がってきて、社員はビールの瓶を片手に席を立ち始めた。

芝塚課長のところにも、次々と女子社員がお酌をしにやってきた。笑顔を絶やさず、時に冗談を交えて、女子社員と交流している。

既婚者でもこれだけのモテよう。奥さんは心配だろうな。

他人事ながらも、そんな心配をしてしまった。

ちらっと響を見る。

ビールのグラスを片手に、依然としてちづと話している。

あ、口元、ちょっと笑った。
めずらしい……。

咲だけが知ってる表情じゃない。誰でも見る機会がある。

特別なことじゃないんだから。
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