不思議な眼鏡くん
それから、坂上部長のエロトークがスタートした。
いつものことだ。しばらく我慢すれば、解放される。
でも今日の部長は、かなりしつこかった。もしかしたら、いつもよりもずっと飲んでいるのかもしれない。
「浴衣が似合うねえ、鈴木くん。下はノーブラ?」
「今夜、どう? 僕の部屋はね、ちょっとみんなよりいいんだ。露天風呂ついてるよ。入りに来ない?」
「三十前ぐらいか。女はそれぐらいが一番いいよ。そそられる」
普段は割と紳士でものわかりもよく、いい上司なのに。
お酒はこうにも人を変えてしまうのか。
「綺麗な肌だねえ、鈴木くん」
坂上部長の手が、咲の手を取った。
ゾワッと背筋に寒気が走る。
「お上手ですね」
そっと手を引いたが、坂上部長は離さない。
「湯上りの鈴木くんは、本当に綺麗だな。ちょっと覗かせてくれよ」
驚いたことに、坂上部長が咲の胸に手を伸ばした。
うそ。触られる。
パッと芝塚課長の方を見た。
いつもピンチのときには芝塚課長が助けてくれる。芝塚課長も驚いた顔をしていて、すぐに立ち上がろうとした。
パァーンッ。
すごい音が、耳の中で爆発した。
「え?」
驚いた坂上部長の手が止まる。
お膳の上に置いてあった坂上部長のビールグラスが、文字通り破裂していた。そこらじゅうにガラスの破片が飛び散っている。
「なんだ、こりゃ」
パンッ! パンッ! パンッ!
次々と、坂上部長の並びにあった他の社員のグラスも、弾けた。
ビールの匂いが充満する。
慌てて、仲居さんが飛んできた。
「やだ、何これ……」
ざわついていた宴会場が、シンと静まりかえる。
「お怪我はありませんか」
仲居さんが坂上部長を立たせて、ガラスの破片から遠ざける。
「心霊現象?」
他の社員がつぶやく声が聞こえてきた。
心霊現象だなんて、今まで経験したことないけれど。そんなまさか。
ふと顔を上げると、響と目があった。
響は咲の瞳を見つめた後、無表情のままビールを一口飲む。咲には、ざわつく他の社員と対照的に、彼がとてつもなく冷静でいるように見えた。