不思議な眼鏡くん
伊香保の石段を、手をつないで降りていく。

響は咲の手を離さない。振りほどくのもなんだか憚られて、咲はそのまま手を繋がれたまま。

冷えた夜気を吸い込むと、山の緑と温泉街特有の香りが混じる。

石段は観光客で混雑していた。その間を縫うように、二人は石段を降りて行く。

カランカランと、下駄の音。

少し前をいく響を見ると、お風呂上がりの湿った髪が、夜風になびいていた。ウェーブの黒髪が、両脇に連なるお店の明かりで、オレンジ色に光っている。

胸がつかえた。
手を握られているというだけで。
二人きりでいるというだけで。

わたしは、おかしくなってしまったんだ。
上司と部下という関係が一番適切だと理解し、二人の間にちゃんと線を引いた。
響がちづに笑いかけるみたいな、あんな笑顔は必要ないと思ったのに。

それでもこうやって手を引かれると、何かを期待する。

何かって、何?

咲は動揺して、石段に目を落とした。

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