不思議な眼鏡くん
「鈴木っ」

名前を呼ばれて、はっと我に返った。響の両手が頬から離れる。

キス、されるのかと、思った。

足湯ばかりのせいじゃない。身体中が火照っている。

「鈴木」
声の方をみると、樹が石段に立って、こちらを見ていた。

「あっ」
咲は思い出した。

そうだ、待ち合わせをしてたんだった。

「ごめ……ん。もう行くね」
咲は足湯から出ると、濡れたまま下駄を履いた。

慌てて樹のところへ駆け寄る。とても響の方を振り返れない。

「ごめんっ。待ち合わせしてたのに」
咲は樹に頭を下げた。

顔を上げると、樹がいつになく神妙な顔をしている。

「西田くん?」
「お前さ、まさか……」

そして口をつぐんだ。

二人は並んで石段を下り始めた。熱かった身体が冷めていく。

キス。
して欲しかった。

下駄の音が響く。伊香保の夜。
握られた手のひらに、まだ響の手のひらの感触が残っていた。

咲はとうとう認めた。

ああ、わたし。
田中くんのことが、好きなんだな。
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