不思議な眼鏡くん
樹の眉間に深いシワができてる。
「気に入らないからって相手を攻撃しても、意味がないんだよな」

「うーん。田中くんは不思議な感じはあるけど。きっと隠れて努力してるんじゃないかな」
そういいながらも、咲の頭に『プラント』の会議室で見た光景がよぎる。

あれはなんだったんだろう。

「あいつと」
樹が言う。「あいつと、なんかあった?」

そう言われて、咲は思わず「えっ」と声をあげた。

「伊香保の石段で、あいつと一緒にいただろう? お前も、それからあいつも、いつもと雰囲気が違った」

咲は真剣な顔の樹を、穴があくほど見つめた。

両頬をあの手で包まれた感触、いまにも触れそうな唇、それから山間の緑の香り。
頭にフラッシュバックした。

動揺して咲の顔が赤くなる。

「別に、何も」
咲は目を逸らした。

樹が大きく息を吸う気配がする。

「俺、お前に腹が立ってた。俺より先に主任になって、チームリーダーになった。守ってやらなきゃいけないような、そんな女だって思ってたのに。俺が、守りたいって思ってたのに、それができなかったから」

咲は樹の言っていることが理解できない。

どういうこと?

「田中みたいな男じゃ、お前を守れるわけがないって思うけど、俺は一歩も動けないでいる。本当は、不甲斐ない自分に、すごく腹が立ってるんだ」

樹の手が咲の腕を掴む。

「……俺、お前が好きだ」
樹が言った。

咲は驚いて樹を見上げた。

「先に出世した同期の女に『すきだ』って言うの、かなりのストレスだけど」
樹が顔を隠すように、自分の髪を触る。

「何も動かないで、文句ばっかり言ってるのもカッコ悪いしな」
そう言って笑った。

咲の頭は容量の限界にきている。

西田くんが、わたしをすき? え? そうなの?

「考えといて」
樹はそう言うと咲の腕を離す。くるっと背を向けて資料室を出て行った。

力が抜けて、思わずよろめく。とっさに棚に捕まった。

「……全然、気づかなかった」
咲は呆然とした。
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