不思議な眼鏡くん
無意識に、パソコンでプリントキューを出していた。目は画面を向いているけど、頭の中は伊香保にいる。

「鈴木さん」
響が声をかけてきた。

「な、なに?」
慌てて背筋を伸ばす。

「プリンターの用紙設定、おかしいですよ」
「え?」

見ると、カード印刷じゃなくA4設定になっている。

「あ、まずい」
咲は慌ててキューをストップしたが、プリンターは無情にも何枚かプリントする音が聞こえてきた。

プリンターまで走ると『停止』ボタンを連打する。

キュルキュル音がして、やっとプリンタは停止した。カードには、文面の右側しか変なところに印刷されている。

「三枚、無駄にした」
咲は自分に呪いの言葉を吐きたくなった。

頭が伊香保だったから、こんな失敗を。
ばかばかばか。

「田中くん、ありがとう。とんでもなく大量にカードをダメにしちゃうところだった」
「ミスプリぐらい、たいした失敗でもないですよ」
「こういうことが積み重なると、大きな失敗になるの。気を引き締めないと」
「ああ、シュレッダーに大切なものかけちゃうとか?」

響の何気ない一言に、咲は胸がドキッとする。

そういえばシュレッダーで重要書類を裁断したことがあった。
勘違いだったけど。

「そう、そんなこともあるかも」
咲はあやふやな笑みで返した。

「ピリピリしてないほうが、いい」
響はパソコンに目を向けたまま言った。「会社の鈴木さんは、いつも緊張で眉が上がってる。本当は綺麗なのに、勿体無いです」

咲の脈が、爆発的したように乱れはじめた。人がまだいる社内で、こんなことを言われたことがなかったから。

『鈴木さんは、ずっとそんな顔でいた方がいい』

思い出した。ベッドで胸に抱かれたとき、田中くん、そんなこと言ってた。

咲は眉の指で伸ばした。

『怖い』って男性社員の間で言われているのは知っていたけど、田中くんもそんな風に思ってたのかな?

「ははっ」
隣を見ると響が咲の様子を見て笑っている。

「そう、伸ばした方がいいですよ」
響が言った。
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