不思議な眼鏡くん
この顔を他の社員に見られたらまずい。とんでもなく間抜けな、ひどい顔になってる。

トイレの鏡で、何度も深呼吸した。蛍光灯の下で見る自分の顔は、やっぱりへにゃへにゃで、とてもじゃないけどトイレから出られない。

たまらず顔を覆った。

「頑張ればなんとかなる。今までもなんとかしてきた。乗り越えてきた。だから、大丈夫! 頑張れば大丈夫っ!」

暗示をかけるように、強く自分に言い聞かせた。

「わたしは、チームリーダーで、芝塚課長のように尊敬される上司になる! あんな新人の男の子に振り回されたりしないんだから!」

手で顔をパタパタ仰いで、やっと普通の肌色に戻ったところで、トイレに出た。

完全に戦闘態勢に入ったのが、自分でもわかる。

ぜったいにミスしない。仕事のことだけ、考える!

勇ましい気持ちで廊下を大股で歩いているとき、「鈴木」と声をかけられた。

振り向くと、外回りから帰ってきた樹だ。

「おつかれさま」
咲はキリッとした顔で言う。

樹はちょっと面食らった顔をして、それから笑う。
「ずいぶん、気合入ってんなー」

「最近の自分を反省したの。たるみ過ぎてた」
「そう? 柔らかい感じで、可愛かったのに」

樹がさらっとそんなことを言うので、咲の勢いが早くも崩れそうになったが、なんとかぐっとこらえた。

「ミスしてちゃ、意味がないもの。プライベートと仕事を完全に分けられるようにならないと」
咲は勢いこんで、そう言った。

樹はちょっと複雑そうな顔をして、それから「プライベート、充実してるのか?」と尋ねた。

咲ははっと口を押さえる。

またもやミスだ。ダメすぎる、わたし。
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