不思議な眼鏡くん
居酒屋を出ると、冷たい風が吹き抜ける。頬が冷たさでピリピリ痛い。

「じゃあ、また。週明けにな」
樹が手をあげた。

「うん」
咲も手を振った。

樹が背を向けて、歩き出す。咲も樹と別れて歩き出した。

世の中はクリスマス。ビジネス街ではあるけれど、カップルが多いのは気のせいじゃない。大きな商業ビルのエントランスが、クリスマスのイルミネーションで飾られていた。大きなツリーの前で写真を撮る人たち。

『イルミネーション、行く?』
響が電車の中で言った言葉を思い出す。

本当は、今日、一緒にいたはずだった。

『西田さんと、予定があるんですよね?』
感情が失われた声。きっぱりとした拒絶。

胸がざわざわする。

咲は思わず立ち止まった。胸のあたりをぎゅっとつかむ。

田中くんと一緒にいたいって、言えばよかった。

咲は歩き出した。だんだんと足が速くなる。冷たい風が咲の頬に当たる。

言わなくちゃ。手遅れだけど、言わなくちゃ。年上だとか、上司だとか、未経験だとか、いろんなしがらみにとらわれて、なかなか口に出せなかったけど。

でもこのままはダメ。

全力で走った。白い息がビジネス街に散っている。

まだ、会社にいるかな。まだ仕事してるかな。それとももう、他の誰かを誘って、遊びに出ちゃったかな。もし他の誰かと一緒でも、仕方がない。そういう人だってわかってる。

でも今夜は最初にわたしを誘ってくれたから。
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