不思議な眼鏡くん
シャワーを浴びて、借りたシャツを羽織る。長袖のフードつき。ただ服を借りただけなのに、なんだか抱きしめられているような気がして、顔がカッと熱くなった。

バスルームを出るとリビングの電気は消えていて、廊下のもう一つの扉が開いていた。温かな電球の色が廊下に伸びる。

そっと覗くと、ベッドサイドのランプがひとつついているだけ。響はベッドに座っていた。

「おかえり」
響が言うと、「は、はい」とまたひっくり返った声を出してしまう。

「じゃあ、俺も浴びてくるから」
響が部屋を出て行くと、咲は寝室にひとりきり。

フローリングにセミダブルのベッド。窓にはロールカーテンが引かれている。

ここも、何もない。
とにかくシンプルで。

響という男性を表すようなものが、何ひとつなかった。

咲はベッドの端に腰掛けた。

考えてみれば、ここの家賃は相当高いはず。六本木の新築で、1LDK。とても新人営業マンのお給料では借りられない。

まさか、パトロンがいるとか。

座っているベッドを見る。

このベッドの上で、お金の見返りに、いろいろ……。

咲は顔を覆った。

くだらないことを考えすぎてる。ダメダメ、こんなことじゃ。割り切らなくちゃ。

『思い出にする覚悟があるなら』

ちづの言葉を思い出す。

大丈夫、思い出にできるわ。
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