不思議な眼鏡くん
ロールカーテン越しに、朝日が昇ってくるのがわかった。

一睡もしていない。
ずっと、肌を合わせている。繋がったり、離れたり。

キスにもいろんなキスがある。それを全部経験した。

「キスが返せるようになった」
響が微笑んだ。

「恥ずかしいから、そういうこと言うのやめてよ」
咲は布団を引っ張り上げようとしたが、すぐに阻止される。

そしてまたキス。

響は髪を触るのが好きらしい。キスをするたびに、髪に手を入れてくる。

「……もう一度」
キスしながら、響が囁いた。

「ん……朝、なのに」
髪を指ですかれると気持ちいい。すごく幸せ。

「夜しかできないって、誰が決めたんだ?」
響の唇がもう何度も往復した肌の上をなぞる。

「ちょ、やだ。明るいから、恥ずかしい」
「そんなに力入れるなって」
「だって」

お互いの息が上がり、肌が上気する。

「声、我慢しないでいい。誰にも聞こえないから」
弾む息で響が言った。

「そんな……」
言葉はもう続かなかった。

ずっと、このベッドの中で過ごせたら、どんなにか幸せだろう。
まだ昨日の続きのままでいい。
今日という日は始まらなくていい。

それでも、時は止められない。

お昼に差し掛かる頃、ベッドから響が起き上がった。咲は、とっさに引き止めようとした手を、そっと元に戻す。諦めの気持ちで、裸の背中を見上げた。セットされてない髪。痩せているけれど、しっかりした腕。

髪をかきあげて「もう、昼か」と言った。
「なんか、食べる?」
振り向いて、咲を見下ろす。

もう夢は終わり。

「ううん」
咲は首を振った。「帰る」

「帰るのか?」
響が少し驚いた声を出した。「会社は休みなのに」

咲は脱ぎ捨てられた服を床から拾って羽織る。襟から髪を出して、ねじるように右肩に乗せた。

「あんまり長居すると、よくない気がして」
咲は下着とスウェットを履くと、ベッドから出た。一瞬で人肌の温もりから抜け出す。

響が咲のことをじっと見ている。その視線を感じながら「シャワー借りるね」と部屋を出た。
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