島…君をレンタルしたいカナ
「コレ、置き傘なんでいいよ。俺のはもう一本あるし、別に返さなくもいいから。でも、もしも返す気があるならまたいつでもこの店に持ってきて。大抵出勤してるから」


はい…、と戸惑ってる手の中に傘の柄を埋めてしまい、自分はさっさとドアの中へ入ろうとする。
流石に無言のままで借りるなんてこともできなくて……


「あ…ありがとうございます!」


声をかけると振り向かれた。
黒縁メガネの奥の切れ長の眼差しが細くなり、フッと優しく笑った。


「どういたしまして。風邪引かないように」


ソフトな言い方だけど、声は少し低めでハスキーな感じ。
初めて交わした言葉はそれだけだったのに、彼が店に入って行った後も印象深く胸に残った。


預かった傘のボタンを押して開き、パラシュートの様に広がった布の下に自分の体を潜り込ませて歩き出す。
サーサー降る雨は冷たくて寒いけど、この傘の柄はスゴくあったかくてホッとする。



(感じの良い人だったな…)


傘を貸してくれた人の笑顔を思い出して、そんなことを考えた。
初対面は逃げ出してしまったけど、今日は逃げなくて良かった。

この傘を返しに行けば、彼にまた会えるんだ。
三度目に会った時は、名前を聞いてみようか。


少し気持ちが癒されたような気がして、いそいそと駅に向かう。
その後もずっと気分が良くて、あれだけ毎日沈んでた気分が晴れてくるように思えた。


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