行雲流水 花に嵐
---いや、そんなはずはねぇ。身代金要求は、亀屋から……---

 が、ふと思い当たる。
 亀屋からの文には、『身代金』とは一言も書いていない。
 馬鹿高い酒代と遊女の身請け代だけだ。
 要蔵と、この金額に身代金が含まれていると話したが、あくまでそれは、こちらの考えである。

「どういうことでぇ! 太一を攫ったのぁ、亀屋じゃねぇのか?」

 激昂したため、太一の名を出してしまった。
 竹次が、目を剥いて宗十郎を見上げる。

「な、何であんたが、ガキの名前を……」

 ち、と舌打ちし、宗十郎はしゃがみ込むと、竹次に刀を突き付けた。

「俺は上月 宗十郎だ。本家とは自ら縁を切ったがな、太一は俺の甥っ子よ」

「ちょ、ちょいと旦那」

 お楽が、慌てたように言う。
 が、宗十郎は構わず続けた。

「別に甥っ子だから助けようってんじゃねぇ。まぁあの家で唯一多少情のある奴ではあるがな。要蔵親分から金を出して頼まれた仕事だ。それ以外の何物でもねぇよ」

「よ、要蔵だと……? あんたぁ、要蔵一家の者か」

「そうよ。今回のことは、貴様の亀松一家を潰すいい口実だぜ。さぁ答えろ。太一を攫ったのぁどいつだ」

 宗十郎の目が異様な光を帯び、突き付けた刀の切っ先が、竹次の首の皮を浅く裂いた。
 竹次が、喉の奥で悲鳴を上げる。

「お、俺は兄ぃに言われて、上月のガキを屋敷の庭から連れ出しただけだ。で、でもガキが暴れやがるし、通りかかったどっかの野郎に邪魔されたんで、結局攫えなかったんでぇ」

「ガキは助かったってかい」

 竹次が頷く。

「どこぞの店のあるじみてぇな奴が助けに入って、そのまま連れて行った」

「ちょっと待て。そらぁお前からは逃れたかもしれんが、結局その男に連れ去られたんじゃねぇのか」

 きょとんと竹次が宗十郎を見る。
 考えもしなかったことなのだろう。

「そいつはどんな奴だった」

「いや、ほんとにただの、大店のあるじみたいな。色町の人間にも見えなかったぜ。初老の、人の好さそうな奴だった」
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