行雲流水 花に嵐
「見世自体からの依頼じゃねぇのか。端から個人的な依頼かい?」

「ああ。そらぁ見世がヤバいところだからな。ほれ、ちょいと前に新しくできた、亀屋ってぇ見世だ。ありゃあ端から客を騙くらかそうって見世だぜ。亀松(かめまつ)ってぇ悪党が、てめぇの女を女郎に仕立ててやってるそうだ」

 宗十郎は無精髭の伸びた顎を撫でつつ考えた。
 ここしばらく花街に足を向けていない。

 宗十郎も花街に行くことはあるが、表通りの見世は如何せん高いのだ。
 牢人身分で、そうそう通えるものではない。

 普段は辻君で十分。
 少し余裕があるときだけ、花街に行く程度だ。
 それでも一応、馴染みの見世はある。

「この前行ったときには、そんな見世には気付かなかったな」

 ぽつりと言う。
 宗十郎の行く見世は、表より裏に近い、三流店だ。
 表通りから裏通りに抜ける路地に、ひっそりとある。
 料理屋が主で、望めば女子を抱くことのできる、小さな飯屋である。

「いくら旦那でも、裏にゃ行かねぇでしょ。さすがに表じゃ、あんな見世開けねぇ」

「俺だってそんな金はない。ほとんど裏寄りだぜ」

「そんなときゃ旦那、言ってくれれば都合しますよって」

「……ま、別に女子に執着もない。そんな高い金を払わずとも、辻君でいいさ」

 表の見世は女子の質も高いが、いろいろと面倒なのだ。
 張り見世があるわけでもないので、一旦見世に入って女子を選ばねばならない。

 そこで気に入る女子がいなくても、入ってしまったからにはそのまま出るのも気が引ける。
 結果高い金を好みでない女子に払うことになるのだ。

 大籬ではさすがに粒揃いだというが、庶民はそんなところに行けるはずもなく、微妙に格の落ちる見世を選ぶことになる。
 そうすると、女子の質もおのずと落ちる。
 庶民にとっては賭けなのだ。
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