行雲流水 花に嵐
 その日の深夜、片桐は二階の廊下の端にいた。
 上を見上げると、天井板の大きさが一か所だけ違う。

---なるほど、あそこから出入りするのね---

 玉乃から聞き出した、遊女部屋の入り口だ。
 ここの遊女は、三階にいるらしい。
 広い部屋で特に不自由もないので、不満も出ない。

 そもそも彼女たちは小さい頃からずっとそこで育っているので、他を知らないのだ。
 故郷を恋しがってみても、部屋には窓が上のほうにしかない。
 頑張ってそこまで上がってみても、部屋は三階で降りることも出来ないわけだ。

---唯一下に降りられるのは、接客のときだけか---

 亀屋からの客が来たときは、梯子がかけられ天井板が外される。

---まさに籠の鳥だわね。小さい頃からそれが普通だと思わされてると、こうも自然になっちまうもんかね---

 この時代、口減らしに売られる娘は少なくない。
 親に売られた、と聞かされれば、子は帰ることを諦める。
 己が売られることで、家族を救えるからだ。

---けど、考えようによっちゃ、ここの娘は幸せかも---

 色町に売られた娘は、厳しい修行を受け、時には折檻も受けながら、連日客の相手をする。
 廓のあるじだって、優しい者などいないだろう。

 だがここは違う。
 客はそう連日来るわけでもないので、身体の負担も少ないし、あるじの亀松は、女子に慕われるほど優しいという。

 他の男衆は怖いらしいが、上が優しいというのは、それだけでかなり違うだろう。
 生活も、外に出られないこと以外は、おそらく不自由はない。

---ま、もっとも初めの時点で攫われてるんだから、幸せとも言えないか---

 その事実を知らないのであれば、幸せかもしれないが、それなりの歳になれば皆気付く。
 が、その頃には諦めもあり、さらに亀松への情も湧いているのだという。
 つくづく上手いことやっている。
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