行雲流水 花に嵐
---人の心理ってのぁ面白いわねぇ---

 ふふふ、と笑っていた片桐は、密かな足音に振り向いた。
 階段を、小さな灯が上ってくる。
 片桐は素早く、廊下の中程まで移動した。

「……おっ。これは旦那。こんな夜更けにどうされました」

 驚いたように言ったのは、小者の一人のようだ。
 見た顔ではないということは、普段ここにはいない者、ということになる。
 片桐を客だと思ったのかもしれない。

「厠よ。あんたこそ、見ない顔ね。こんな夜中に何してるの」

「あっしは普段、あっちの見世にいるもんで……」

 ちょっと、小者が妙な顔をした。
 片桐の物言いがおかしかったからだろう。

「あらそう。それにしても、こんな夜中にうろうろして。何かあったの?」

「へぇ……。まぁ」

 少し困ったように、小者が歯切れ悪く言う。
 片桐を知らないので、下手に喋るのを避けているらしい。

「ふぅん、まぁいいわ。何かあったんなら、大親分から話があるだろうし」

 適当に打ち切り、片桐はひらひらと手を振って部屋に帰った。

 暗い部屋では、玉乃がすやすやと眠っている。
 それを起こさないよう、そろそろと部屋の隅に寄ると、片桐は刀の先で天井を軽く叩いた。

 廊下の先の入り口からは入れない。
 あそこは見張りがいるのだ。
 先程も、たまたま見張りが交代する頃を見計らって確認しに行っただけ。

 大体、梯子がどこにあるのかわからない。
 それに、上にも見張りがいるかもしれないのだ。
 正規の入り口から入るのは危険である。

 今片桐が使っている部屋は三階への出入り口の、真逆の端。
 もしかしたらこちら側の天井板も、どこか外れるかもしれない。
 そう思い、確かめてみているのだ。
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