行雲流水 花に嵐
 夜が明けてすぐに、片桐の部屋に亀松がやってきた。
 渋い顔をしている。

「玉乃。ちょいと上に帰ってな」

 いつもの好々爺の顔ではない。
 びくりと身体を強張らせた玉乃は、ちらりと片桐に目をやった。
 よほど離れたくないらしい。

 片桐は玉乃の乱れた小袖を直してやりながら、優しく言った。

「ちょっとお仕事のお話だから。玉乃ちゃんも、身支度とかあるでしょ?」

 少し亀松が驚いた顔をする。
 すっかりお互い骨抜きに見えたのが意外だったようだ。

「大旦那様、あんまり危険なことしないでね」

 そう言って、玉乃が男衆に連れられて部屋を出ていく。
 それを見送ってから、亀松がやれやれ、と息をついた。
 さっきの言葉も、亀松の身を案じているようにも取れるが、亀松が危険に晒されれば片桐にも及ぶと言いたいのだ。

「さすが旦那だな。あの玉乃が、すっかりぞっこんだ」

「光栄だわ。あたしもあの子にぞっこんだしね。ねぇ親分。あの子、あたしに頂戴」

「おおっ? そこまでかい」

 亀松が身を乗り出す。

「こりゃあ目が高い。あいつはここの一番だしな。それを骨抜きにするたぁさすがだが、旦那自身も蕩けちまったかい」

 嬉しそうに言う。
 玉乃に嵌れば片桐を自分の配下に置くことも容易になると踏んだのだろう。
 元々その目論見もあったのだ。

「もちろん旦那の相手は玉乃にやらすさ」

「そうでなくて。きちんとここで、一緒にいたいのよ」

 とんとん、と畳を叩く。
 少し亀松の片眉が上がった。

「身請けってことかい?」

「外の世界じゃ、そう言うかしらね。けど、ここもそんな手順がいるの?」

 挑戦的に見る片桐に、亀松は口角を上げた。

「……そうさな。ここは色町じゃねぇ。ま、旦那がずっとここにいるってんなら、玉乃もずっと旦那の傍に置いておけばいいさ」

---ふーん。やっぱりあっさりとはくれないわね---

 片桐もそれ以上は何も言わず、出された茶漬けを啜った。
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