行雲流水 花に嵐
「ただの押し入れ? だとしても確認したいわ。あの物音は気のせいじゃないもの。あたしがいない間に玉乃ちゃんに何かあったら嫌だし」

「え、やっぱり片桐様、どこか行くの?」

 泣きそうになりながら、玉乃が片桐を見上げる。

「ちょっとお仕事よ。色町のほうに帰るから、二、三日空けるわ。その間にお客取らないでね」

「うん。でも大旦那様が許してくれるかな」

 片桐に甘えるようになって、玉乃は随分幼くなったような。
 初めの蓮っ葉さがなくなったというか、素で接している感じがする。
 遊女としてでなく、一人の娘として接しているのだろう。

「でも二、三日もお出かけするの? 玉乃は連れて行ってくれないの?」

「いきなりは無理よ。玉乃ちゃんを貰い受けるためにも、大親分の依頼をこなさなきゃね」

「玉乃のためなの? ね、お仕事が終わったら、ちゃんとここに帰って来てくれる?」

「もちろんよ。あたしだって出来ることなら玉乃ちゃんを連れて行きたいんだもの。でも危険を伴うかもしれないし、玉乃ちゃんを貰い受けるのも、出来るだけ穏便にしたいじゃない。一緒になったとしても、ずっと追っ手に怯えて暮らすのはご免だわ」

「片桐様、ほんとに玉乃とのこと、考えてくれてるのね!」

 この上なく嬉しそうに言い、玉乃はまた、片桐に抱きついた。

---可愛いわねぇ---

 任務のための手駒とはいえ、綺麗な女子に慕われるのは悪い気はしない。
 女言葉ではあるが、片桐だって、れっきとした男なのだ。

「だからね、万が一、あたしのいない間に何かあったら困るの。お部屋に籠っておこうと思っても、そこの押し入れに何か潜んでたら恐ろしいでしょ。あたしもこのままじゃ心配で、下手打つかもしれないわ」

「そ、そんな。そんな危険なお仕事なの?」

「わかんないわ。だからこそ、不安要素は摘み取っておきたいの。可愛いお前さんのためよ。三階の押し入れ、確認させて頂戴」

 頬を撫でながら言うと、ぼぅっとした表情のまま、玉乃は頷いた。
 が、片桐を三階に案内するわけでもなく、抱き付いてくる。
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