行雲流水 花に嵐
第十二章
「ちょっと宗ちゃん。あたしより先に楽しんだでしょ~」

 呼び出された要蔵の離れに入るなり、宗十郎は片桐の言葉に仰け反った。

「何だよ、いきなり」

「しらばっくれんじゃないわよ~。竹ちゃん殺ったの、宗ちゃんでしょ~?」

 座についた宗十郎にじりじりにじり寄りながら、片桐が指先を突き付ける。
 鬱陶しそうにその指を払いながら、宗十郎は要蔵に目を向けた。
 宗十郎の視線を受け、要蔵が、ごほんと咳払いしてから口を開く。

「上月の旦那を呼んだのは他でもない。やっと上月の坊の居所がわかったのよ」

 そう言って、要蔵は紙を広げた。
 そこには亀屋から、おそらく特別座敷への地図が書いてあった。

「三条河原から舟で伏見へ下るのね。で、ここを入っていくと、一軒の船宿がある。どう見ても普通の船宿だし、川沿いの店からは随分離れてるし場所も入り組んでる。まさかここが遊女宿だなんて、地元の人でもわからないわ」

 片桐が指で紙面をなぞりながら説明する。

「で、ま、ここの女子を手懐けて、内部をじっくり探ったわけ」

 ちょっと得意そうに言う片桐に、宗十郎は顔をしかめた。

「いつもそういうことをする俺のことを散々言うくせに、てめぇもやってるんじゃねぇか」

「あら、対抗心? そういうことって言ったって、宗ちゃんが使うのっておすずちゃんだけじゃない」

 食いつくところが少しずれているが、片桐は構わず挑発的な目を向ける。

「大体ねぇ、あんたもおすずちゃん一人で満足してないで、ちょっとは上級な女子を相手にしてみれば? あそこの女子は特別座敷というだけあって、なかなかな粒揃えだったわよぉ。そこの一番を骨抜きにしてねぇ、ほんとに可愛いの」

「ほぉ」

「やっぱりしっかりと磨かれた女子は違うわよぉ。おすずちゃんなんて、所詮は料理屋の女中でしょ。芋臭さは抜けてないんじゃない?」

「さぁ、どうかな。ま、馬鹿だからこそ使いようがあるのさ」

 普通は己の女をこき下ろされると腹が立つものだが、宗十郎は軽く笑って流した。
 宗十郎にとって、おすずは別に特別でもない、単なる飯屋の女子だ。
 おすずで満足はしているが、おすずでないといけないわけでもない。
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