行雲流水 花に嵐
「た、大変でさぁ! こ、上月のおかみさんが」

「何だってぇ?」

 思い切り顔をしかめた要蔵が、腰を上げて母屋に向かった。
 片桐と顔を合わせ、宗十郎はとりあえず要蔵の後を追った。

 母屋は通りに面したところが小さな料理屋になっている。
 裏から入ると、追い込みの座敷に女が一人座っていた。
 仙太郎の妻、お梅だ。

「これは、上月様。どうなさいました」

 要蔵が声を掛けると、お梅はがばっと立ち上がって駆け寄って来た。

「お、親分さん。旦那様が、亀屋に行ってしまったんです」

「へ? 何だって?」

 青い顔で訴えるお梅に、要蔵が目を剥く。
 宗十郎はそれを少し後ろで眺めた。

---相変わらず、辛気臭ぇ女だな---

 兄嫁のことは、太一の相手をする上で何度か会ったことがあるが、大人しく無口で無表情。
 いつも俯きがちで暗い印象だった。

 今はそれに、さらに心労からか顔色の悪さが加わっている。
 そんな歳でもなかったと思うが、髪も肌も艶がなくなり、随分老けて見える。

「どういうことでぇ。お梅さん、ここしばらくは、屋敷に籠ってたんじゃなかったんですかい」

 要蔵が言うと、お梅はこくこくと頷いた。

「ええ。親分さんにも強く言われてましたし、大旦那様にも……。で、でもさっき、ふらっと出て行ってしまって……」

「何でそれで亀屋に行ったってわかるんだ」

 宗十郎が口を挟んだ。
 お梅が顔を上げ、宗十郎を見、驚いた顔をする。

「そ、宗十郎様。何故ここに……」

「仕事だよ。あんたの旦那の尻拭いを頼まれたんだ」

 素っ気なく言う宗十郎に、お梅は若干視線を彷徨わせる。
 お梅は宗十郎と兄との確執も知っているが、お梅自身は別に宗十郎を避けるでもなく付き合って来た。
 付き合いといっても、宗十郎自身が屋敷に寄りつかないので、たまに太一が宗十郎に会いたがったときのみ会う程度だ。

「そ、宗十郎様が、旦那様を助けてくれるのですか」

「それは頼まれごとの中に入ってねぇな。俺が助けるのは太一だけだ」

 兄が亀屋に行ったというのは今聞いたばかりだ。
 しかも、自ら行ったということではないのだろうか。
 そんな、とお梅が小さく言った。
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