行雲流水 花に嵐
「とりあえず、話を聞きやしょう。一体何があったんで?」

 その場をとりなすように、要蔵が再びお梅を追い込みの座敷に促した。
 まだ客はいないので、ここで話しても大丈夫だろう。

「先程……と申しましても一刻ほど前でしょうか。旦那様に、お茶をお出ししようとお部屋に向かっておりますと、不意に旦那様が出て来られて。何かに憑かれたように、そのまま庭を横切って外へ……」

「庭?」

「はい。今までも外に出ていきたいとは申しておりましたが、大旦那様に諫められて、すぐに諦めておりました。もちろん、ご自分でも今勝手なことをすべきでない、とわかっておりましょうし、家のこともお考えになって大人しくなさっておいででしたのに……」

「……奴は思い込んだら一直線な性格だしなぁ」

 宗十郎が、顎を撫でつつ他人事のように言う。
 仮にも妻の前なのだが、宗十郎は気にしない。
 要蔵が、さりげなく宗十郎の袖を引いた。

「しかし、半月もの間大人しかったのが、何でいきなり……」

 話の流れを変えようと言った要蔵に、お梅は、きゅ、と唇を噛んで下を向いた。

「……あの女が、誘ったのです」

 ぼそ、と呟いたお梅の声に、悔しさが滲む。
 そして次の瞬間、お梅はいきなり、ばん! と畳を叩いた。

「こちらがなかなか動かないものですから、亀屋のほうが痺れを切らせたんです。わざわざ女を迎えにやって、旦那様をおびき出したんですよ。こっちは子を取られて金策に追われているというのに、旦那様ときたら、亀屋に行けば太一にも会えるとか言って! 旦那様は太一より、女に会いたいんですよ! あんな目に遭ったくせに、まだ懲りもせずに、ふらふらと……!」

 だんだん声が大きくなるお梅に、要蔵が落ち着きなく店内を見回した。
 そして、調理場にいた駒吉に、店を閉めるよう身振りで伝える。
 こそりと駒吉が、表に出て暖簾を外した。

「ま、まぁちょいと落ち着いて。……っつってもおかみさんにゃ酷な話だよねぇ。とりあえず、状況を教えてくんな。女が迎えに来たのかい?」

 要蔵のところはともかく、上月家はれっきとした武家だし、まして色町にあるわけでもない。
 遊女がおいそれと、お武家の屋敷まで行けるだろうか。
< 126 / 170 >

この作品をシェア

pagetop