行雲流水 花に嵐
---まぁ裏通りの見世は、法などあってないようなもんだしなぁ---

 まして亀屋など、その最たる見世だ。
 が、見世の内情を知られるのは困るだろうから、脱走は許さないはずだ。
 だがお梅は、こくりと力強く頷いた。

「間違いありません。あの旦那様の浮かされよう。あの女狐を見たからに決まってます」

 さっきまでの覇気のなさはどこへやら、いつもの大人しさも影を潜め、別人のようにはきはきと言う。
 それが嫉妬故なだけに、男二人は若干引いた。

「けどね、色町の女ってのは、外へは出られないもんなんですぜ? それともおかみさん、その女を見たんですかい?」

 要蔵が聞くと、意外にお梅は、またもこくりと頷いた。

「ちらりとですけど、はっきり見ました。お恥ずかしながら、うちは塀が朽ちているところがありまして。通りに立って、中の旦那様を呼んだのです」

「ああ、なるほど」

 宗十郎が口を挟んだ。
 確かに上月家は元々そう裕福でもなかったので、庭や屋敷に痛んだところはあった。
 塀の崩れも、宗十郎などよく出入りしたものだ。

「大人が通るのは若干キツいが。というか、あの見かけをやたら気にする奴が、あんなところを通って外に出たというのか」

 宗十郎が出入りしていたのは子供の頃だ。
 崩れといっても、さすがにそんなにでかくない。
 大人も通れないことはないが、着物は汚れるだろう。

「庭には、枝折り戸もあるだろう?」

「ですが、旦那様は崩れから見えている女目掛けて、真っ直ぐそちらへ。目を離すのも惜しいという感じでした」

「……病的だな……」

 元々思い込みの激しい性格が、歳をとってさらに酷くなったようだ。
 今まで真面目に生きて来て、女子とも関わらなかっただけに、いきなり深みに嵌ってしまったのだろう。

---お梅に満足してたら、ここまで嵌ることもなかっただろうがな---

 心の中で思い、宗十郎は駒吉の運んできた茶を飲んだ。
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