行雲流水 花に嵐
第十三章
 とりあえず、伏見についた宗十郎と片桐は、川沿いの、それなりに大きな船宿に草鞋を脱いだ。
 あまり小さいと、返って目立つのだ。
 大勢の客に紛れていたほうがいい。

 船宿は『俵屋』といった。

「旦那は休んでいてくだせぇ。面が割れてやすからね。うろうろしねぇでくだせぇよ」

 くどくどと言い、文吉が着いた早々部屋を出ていく。
 仕方ないので、宗十郎は部屋でごろりと横になった。

 片桐に教わった通り、文吉は狭い路地を歩いていた。
 川沿いの道は多くの人が行き交っているが、街道へ出るでもない小さな路地など、あまり人通りもない。

---なるほど、これはわかりにくい---

 うっかりすると迷ってしまいそうだ。
 とりあえず、せめて俵屋には戻れるよう、文吉は注意しながら路地を歩いて行った。

 いい加減不安になってきた頃、ちらりと前方の木の陰に、小さな看板がかかっているのが見えた。
 目を凝らすと、『松屋』と書いてある。
 小洒落た料理屋風の、小さな船宿だ。

---あったぜ---

 文吉の目が光った。
 周りを見回し、そのまま店の暖簾を潜る。

「ごめんよ。どなかたいるかい」

 声を掛けると、中から一人の男が顔を出した。

「おや、いらっしゃいませ」

 水仕事でもしていたようで、襷をかけている。

「お宿ですかい?」

「いや、実は迷っちまって。今朝がた伏見に着いたんだがな、大坂に行く前に酒でも、と思ってふらふらしてたら路地に入り込んじまってよ」

 文吉は旅の行商人のような格好をしていた。
 下調べが主な文吉は、こういった変装もお手の物だ。

「そりゃまた、えらい方向へ入り込んじまったなぁ。こっちに来たって何もねぇ。街道は向こうだぜ」

「そうかい。ところでここも船宿なのかい? 腹が減ってるんだが、飯は食わして貰えるのかね」

「しょうがねぇなぁ。で、飯だけでいいんかい? 宿は?」

 男は文吉を手前の座敷へと案内した。
 そこはだだっ広く、泊まりでない客が一時休んだり食事をしたりするところらしい。

 もっとも今は他に人の姿はない。
 元々わかりにくい場所だし、一階は目くらましでもあるので、賑わってなくてもいいのだろう。

「宿はいいや。急がねぇとはいえ、そうそうのんびりもしてられねぇ」

「わかったよ。じゃ、ちょいと待ってな」

 男が奥に引っ込んだ。
 さて、と文吉は店の中に目を走らせる。
 そう大きな店でもない。

 内部を見える範囲で確認し、文吉は出された飯を平らげた。
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