行雲流水 花に嵐
「玉乃が一度上に上がって、坊に事情を話しておこうか?」

 いいことを思いついたように玉乃が言うが、片桐は慌てて玉乃を引き留めた。

「駄目よ。そりゃ玉乃ちゃんは上に上がってもおかしくないけど、坊と一緒に何かしてるのを他の女にあまり見せないほうがいい。ましてその直後に坊がいなくなったら、玉乃ちゃんが危ないわ」

「だって、玉乃もすぐに、片桐様と一緒にいなくなるじゃない」

「そうだけど、どうせなら玉乃ちゃんも坊と共に連れ去られたって思って貰ったほうがいい。あたしが玉乃ちゃんにぞっこんだってのは、ここの誰もが知ってるしね」

「玉乃が片桐様にぞっこんだってのも、皆知ってるよ」

「玉乃ちゃんは、万が一連れ戻されても、それは女郎の手練手管だって言い訳できるでしょ。うっかりあたしが下手打ったときのためよ」

 片桐が言うと、玉乃が下から、がばっと抱き付いてきた。

「失敗して片桐様が討たれたら、玉乃もすぐに後を追うものっ」

「嬉しいわね~。万に一つもそんなことぁないから安心しな」

 きゅ、と玉乃の肩を抱き、片桐は小刀を抜いた。
 それを、天井壁ぎりぎりに差し込む。

「天井板だと簡単に外せるのに、床板じゃね~……」

 ごりごりと壁に沿って小刀を滑らせ、片桐が板と壁の間に隙間を作っていく。
 できれば小さく穴を開けたいところだが、生憎小刀では無理だし、時間もない。

「ていうか、板薄いわね。まぁ助かるけど」

 壁との境目を外すぐらいは、そう大変でもないと思っていたが、それにしてもあっさりと外れすぎる。

「三階は急遽増設したんだと思うよ。いろいろ造りがいい加減なんだ。うちらがいるところはそうでもないんだけど、物置とか、それこそ押し入れとかは、いい加減なんだよ。坊がちょっと暴れたら崩れるかも」

「じゃあ暴れたら簡単に逃げられるんじゃないの?」

「崩れたって二階に落ちるだけじゃない。すぐに捕まるよ。下まで落ちたら死ぬかもしれないしさ」

 三階程度では微妙な高さなので死ぬことはないかもしれないが、そもそも三階から外を見たことがないので高さがわからないのだろう。
 三階から見えるのは空ばかりなのだ。

 言いつつ玉乃が頭に差さしていた簪や笄を抜いて髪を降ろした。
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