行雲流水 花に嵐
「……髪降ろすと、一気に幼くなるわねぇ」

「こんな頭で走れないもの。でも簪類は持って行こう。お金になるかも」

 抜いた飾り類を袂に入れ、玉乃は片桐の横によじ登ってきた。

「玉乃も準備できたわよ。後は坊を連れ出すだけね」

「そうね。玉乃ちゃんが、坊をおびき寄せて頂戴。あたしだと警戒するでしょうし」

 言いながらも片桐は、小刀を置いて、両手で天板をゆっくり押した。
 押し入れ部分に渡してあった床板一枚が、僅かに持ち上がる。

「うん、よし。梁があるから、外したところで落ちないでしょ。押し入れって閉まってるの?」

 一旦板を戻し、片桐が聞くと、玉乃は上を指差した。

「こっち側半分は閉まってるはず。でもあっち半分は開いてるよ。完全に閉めることは許されてなかった」

「ふむ。押し入れの中にいるのは、坊だけなの?」

「うん。玉乃らが入るにゃ、ちょっと狭いもの。坊の部屋だよ」

「じゃ、とりあえず騒がれないよう、ここからは玉乃ちゃんに頼むわ。あたしは宗ちゃんが来たか確かめないと」

 ぽん、と押し入れの中段から降りると、片桐は部屋の窓を開けた。
 先程の路地を見ると、笠を被った宗十郎が見上げていた。

「よし。じゃあ玉乃ちゃん、お願い」

 片桐に言われ、押し入れの中で、玉乃がそろりと先程外した天板に力を入れた。
 少し持ち上げ、目だけで中を窺う。
 向こうの端に、小さく丸まっている太一を見つける。

「坊、坊っ」

 小さい声で呼んでみるが、眠っているのか気付かない。
 こちら側は室内からは見えないとはいえ、声まで遮断されるわけではない。
 囁き以上の声は出せないため、押し入れの反対側までは聞こえないようだ。

「片桐様、坊、向こうにいるから聞こえないみたい」

 玉乃が押し入れから顔を出して、困ったように言う。

「真上にいられても困るな、と思ったけど、そんな遠くにいられても困ったわね。でも、こっち側の襖は閉まってるのよね? だったら思いっきり顔出しても大丈夫よ。音さえ立てなければね」

 片桐も押し入れに戻り、中段に登って板を持ち上げた。
 なるほど、向こうに小さな背が見える。
 注意深く周りを見てみても、幸いここは押し入れの奥なので、覗き込まれない限り見えない位置だ。
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